大阪タオルの歴史

大阪タオル振興協会について

明治20年 日本タオル産業発祥の地 大阪「泉州タオル

明治20年、日本タオル産業発祥の地、大阪「泉州タオル」大阪:泉州タオルの起源は明治18年、大阪で舶来雑貨商を営む新井末吉がドイツ製タオルを入手し、日本でも大いに需要が見込めるとして、泉佐野市の白木綿業者、里井圓治郎にその製織の研究を奨めたことにはじまります。

タオルは以前からも国内へ輸入されていましたが、肌触りがよく、保温性・通気性に優れていたことや当時高価であったことから、主に襟巻として用いられていたといいます。

里井は、その製織法の研究に没頭し、苦心の末、明治20年に筬「おさ」のテリーモーションを利用して輪奈(パイル)をつくる「打出機」を考案、タオル製織に成功、その製品をカルキで晒したことから我が国初の後晒タオルが誕生しました。これを機に大阪:「泉州タオル」は日本タオル産業発祥の地として発展し続けています。

大阪タオル工業組合のはじまり

大阪タオル工業組合のはじまり明治39年、タオル同業者25名が集まり、タオルの発明者である里井圓治郎氏が初代会長となった「佐野タオル共同会」が大阪タオル工業組合の始まりです。

その後、昭和3年8月には同業者75名の同意を得て「佐野タオル工業組合」が設立認可を得ました。

戦後、昭和27年 [特定中小企業の安定に関する臨時措置法]が施行されタオルは指定業種に認定され、ただちに生産調整の為の組合設置の運動が起き、大阪地区一円の組合員264名の同意のもと「大阪タオル調整組合」が認可され、その後、昭和33年3月の総会で現在の「大阪タオル工業組合」に名称が変更され現在に至っています。

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